「仮定法」の誤訳が招いた日本の株式市場の総崩れ

 2007年に入り、アメリカの金融市場でもうすぐサブプライム問題が破裂し、その予兆はいくつかで始めていたというのに、大部分の投資家は音楽が鳴っているので踊り続けていた。

 日本では日興コーディアルの粉飾決算が明らかになり、その決算書に適正意見を出していたみすず(旧中央青山)監査法人の関与や責任が問われていた。

 

 ある日、後場に入って株が総崩れになった。下げのきっかけはあるエコノミストが金融機関等にサービスで配信しているメールマガジンで、「フィナンシャルタイムズによるとみすず監査法人が不正への関与を認め、監査法人を解散する」と配ったことだった。

 当時、みすず監査法人は日本を代表する4大監査法人の一つで、ここが不正をしたなら同社が担当する会社の決算が信じられないことになる。世界基準で言ってもこれは大事件だった。

 

 しかし、朝方に読んだフィナンシャル・タイムズではそんな記事は記憶にない。同紙を再チェックしたらさほど長くない記事の途中に、この話が出ていた。

 

 間接話法で書かれた記事原文は、こんな文章だった。(heはみすずの人間)

  ・・・he said that they would disband ・・・

 直接話法に書き直すと、次の二通りがありうる。

  ・・・he said “We will disband“ ・・・・

  ・・・he said “We would disband“ ・・・

 

 これは試験への解答なら、どちらも正解だ。

 くだんのエコノミストは一つ目と理解して、「みすずは解散する」とした。

 二つ目の文章なら「(不正関与が万一本当の場合には)みすずは解散する(がそんな事はあり得ない)」となり、一つ目と全く正反対の意味になる。当時の状況から考えてこちらしかありえなかった。一つ目は文法的にはあっているが誤訳だったのだ。

 

 「仮定法」とか「時制の一致」の問題は我々にはすごく難しい。私が「仮定法」に自信を持てるようになったのはウォールストリートジャーナルのおかげだ。なぜかこの新聞には、ほどよい仮定法がでてくるのだった。

 だいたい、「仮定法」を「仮定法だ」なんていっているうちはだめで、たくさんの記事を読みつぶしているうちにわかるようになるものなのだ。

 

 その点、「フィナンシャルタイムズ」は仮定法の初心者向けではない。「エコノミスト」は最悪だ。この二つは読者に要求している知識のレベルがかなり高いのだ。言外に隠されているいわずもがなの仮定を知っている人間だけ、読みこなせる。

 「ブルームバーグ」でもいいのだが、これはちょっと簡単すぎると思う。何にしても文法書で仮定法をマスターしようとするのは無理なのではないだろうか。

 

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