ゴーン氏や伊藤詩織氏の問題で、海外メディアはなぜこう書くのか

 海外のメディアのゴーン氏や伊藤詩織氏の問題への反応は興味深い。

 底流に流れると思われる、他では書かれていない問題を指摘したい。それは海外のジャーナリストたちが持つ、「『日本のメディアと政府や検察との関係』への軽蔑感や恨み」だ。

 

 ジャーナリストという人種は所属する社を超えた連帯感を持っている。しかし来日すると日本のジャーナリスト(記者)たちが実は自分たちの「敵」なのだと知る。記者クラブ制度等を盾にして情報アクセスから遮断する存在だからだ。

 ある時期、日本支局を閉鎖する海外メディが続出した。日本が元気がなくなったからという面もあるが、日本ではまともな取材が出来ず従って思うような記事も書けないという不満も理由としてあった。日本を嫌いになる外人記者が量産されて、数少ない日本びいきの記者が主に残っている。

 

 このかたき打ちはワシントンやロンドン等で行われる。日本からの特派員は現地の記者のサークルの中にフルには入れてもらえてない。相手はしてもらえるが仲間とはされない。

 その結果、日本人記者は日本人記者同士で群れるしかなく、日本の新聞は同じようなストーリーの記事だらけとなる。トンチンカンな同じ大見出しが全ての大手新聞の一面を飾ることもある。

 

 伊藤詩織氏を暴行したとされる元TBSの山口敬之氏は安倍首相の番記者の中でも主要メンバーだったという。すなわち彼は海外メディアの取材を妨害していたインナーサークルの中でもトップクラスだったわけだ。

 「俺たちの仲間を日本でいじめていた男たちの代表格」が女性暴行事件で敗訴となれば、これはもう許される限界まで書き放題に書くのは自然だろう。ここまで英字メディアで悪者扱いされると、山口氏はもう海外関係の仕事は難しいのではないだろうか。

 

 ゴーン氏関連では日本の司法制度への批判の大合唱は一段落し、「日本には非常に大きな問題がある」と言うことで国際的な意見の一致が出来てしまった。

 これにも伊藤詩織事件と似た構図が背景にあると思う。

 日本の検察はリーダーである次席検事クラスが情報を小出しにマスコミにリークして、世論を誘導するなり容疑者に心理的圧迫を加える事を常套手段としてきた。

 情報のリーク先は日本のメディアの中からだけ選ばれ、海外メディアのジャーナリストは対象外だ。当然、特ダネなど取れない。

 日本の司法制度やその運用の問題もあるが、今回、日本の検察に対する軽蔑感、嫌悪感が見受けられる書き手がいたのも、日本での差別感や被害者感、不満や恨みの大きさがあったのではと思う。

 

 日本への特派員は「日本外国特派員クラブ」での定期的な公開記者会見を開いている。山口敬之氏も伊藤詩織氏もここで会見を行った。これらの会見は日本のメディアにも参加が許されている。自分たちを排除する人間でも、自分たちは排除しないわけだ。

 

 ついでに書けば、新聞社主催の××マラソンの多さ。開催のたびに42.195kmの交通規制を警察に依頼するしかないはずで、警察はある新聞社に対して不愉快な事が起きたらその新聞社のマラソンの時にじっくりといたぶればいい。屁理屈をつけて次回の交通規制で無理難題を言えばいい。

 自ら進んで墓穴を掘っているように思えるが、これが海外からどう見られているかは知らない。

 

 日本経済新聞のフィナンシャル・タイムズとの提携、これにより同紙の海外記事は随分と質が高くなったと思う。

 何といっても、「質の高い新聞」は社会にとってかけがえのない財産だ。

 頑張ってほしい。

 

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