「ソブリン・ウエルス・ファンド」とその奇妙な名前の由来

 不動産投資の世界でも株式投資の世界と同様、「ソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)」と呼ばれるファンド群に一定の存在感がある。最近、日本で有名になったディールは昨年12月、表参道の商業ビルを東急不動産と共同投資すると発表したノルウェーのそれだ。先行例としてはシンガポールのSWFであるGIC(シンガポール投資公社)がある。同公社の日本での実質的な第一号投資は1996年に三井不動産とともに行った汐留シティセンターだった。GICはその後も日本で投資を重ねている。

 

 SWFは説明がややこしい点が幾つかあり、まずこの言葉の誕生の由来から説明したい。

 

 2000年代の前半、ドバイや中国の政府系会社が欧米の資本市場でまるで民間の会社のように派手な投資を繰り返していた。両社は「会社」とはいえ、実態は政府の一部門だった。ノルウェーでも中央銀行の一部局がやはり同様に民間会社と同じ土俵で投資をしていた。この手の動きに興味を持った北欧のある社会経済学者が、これらに「ソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)」と名付けた。一般のファンドが「民間の富(プライベート・ウエルス)」を運用するのに対して、「ソブリン(政府・主権国家)の富」を運用しているファンドだと彼は言いたかったらしい。

 

 ファンドの資金の裏付けは天然資源による場合と、貿易黒字や為替介入により蓄積した外貨準備よる場合が中心だ。天然資源として圧倒的に多いのは原油と天然ガスで、ノルウェー、アブダビ、カタール、クウェート等である。リン鉱石やダイアモンドといった天然資源を原資とした小型のSWFもあった。外貨準備を原資としていたのは中国やシンガポールである。

 

 後年、ナイジェリアや韓国、リビア等もSWFを設立、自国にSWFを設立することは一種の「流行り」になった。

 

 初期の段階から二つの問題が起きた。なにしろ学者さんが作った学術用語であるから、この「ソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)」という言葉は英語としても、あまりにも分かりにくい。比較すると、例えばゴールドマン・サックスが名付けた「BRICs」や野村證券の「トリプル・メリット」等、さすがは証券会社である。

 

 もう一つの問題はどこをSWFとして議論するのかという立ち上がりの段階で、北米の二つの州も入れてしまったことだ。これらの州は州独自に油田の権益を持っていて、やはり民間の資本市場で資金運用していた。しかし「州」をソブリン(主権国家)に入れるのは無茶であり、混乱の元となった。こうしてSWFという用語は最初から躓き気味のスタートをした。

 

 SWFが大きな脚光を浴びたのは、サブプライムショック後、欧米の大手金融機関の株価が下げ止まらなくなってしまった2007年秋のことだ。SWF群はアブダビがシティに対して資金供給したのを始めに、いくつかの大銀行に出資して結果として危機を救った。儲けようとしての出資だったとは言え、この時のSWFのこれらの動きが無ければ翌年のリーマン・ショックに類する激震はもっと早めに、かつもっと苛烈な形で生じていたはずだ。

 

 当時、日本でもSWFに関する報道は盛んに行われたのだが、「ソブリン・ウエルス・ファンド」をどう訳すかで大混乱が生じた。「政府資産基金」「主権国家基金」「国家ファンド」等々、たぶん十個弱の異なる訳語がばらばらに経済専門誌に登場することとなった。

 

 今、主流となっている訳語は「政府系ファンド」だが、これでは少々範囲が広すぎる。例えば日本のGPIFは明らかに「政府系ファンド」だが、これは「年金基金(ペンション・ファンド)」であり昔はSWFではないとされた。SWFはリターンを求めた積極運用を旨とするが、昔のGPIFは超保守的だったからでもある。ところが最近、GPIFはリスク性資産への投資を積極化させており、また「SWF」を文字面で解釈すればGPIFを含めてもよさそうにも見える。SWFの範囲がオリジナル当時の話から離れ、拡大してきているのが現状である。

 

                        ジャパン・トランスナショナル 坪田 清

 

三井不動産リアルティ㈱発行

REALTY PRESS Vol.44

2018年10月発行