「シルバースタイン」

 ワン・ワールド・トレードセンターは2001年9月のアルカイダの攻撃により倒壊したツインタワー跡地周辺の再開発のシンボルで、アメリカで最も背が高い。デベはニューヨークで5位の商業不動産保有会社、シルバースタインだ。

 

 ワン・ワールド・トレードセンターは総事業費39億$(4130億円)、2014年11月に第一号テナントが入居した。しかし期待されていた金融機関の入居がふるわずオフィス床のリーシングは不調、竣工半年後の稼働率は3分の2、今年の2月でやっと93%になった。

 

 ニューヨーク市民はなにごとにも議論を尽くすことを好む。一言で表せば「リベラル」なのだが、議論がヒートアップしているうちにどこに進むのか分からなくなることがある。この再開発も、「筋書きもなく誰が歌いだすかも決まっていない(ブロードウェイの)ミュージカルとスーパーボール」のように議論が混とんとなる可能性があった。

 

 ビルが倒壊した一帯はグランドゼロ(爆心地)と呼ばれた。そのうち見学用のデッキが設けられ、88機のサーチライトが照らすようになり、消防隊は焼けたビルの鉄骨で十字架を作り、ブッシュ大統領は現場で作業員達に心を打つ呼びかけをした。

 

 跡地についてはいろいろな意見が飛び交った。ツインタワーを復活してほしいという話からメモリアルとして何も建てないままとすべきだという意見まであった。さらに対象地の大部分は港湾局の所有なのだが、道路部分の所有者が特定できない等、問題が噴出した。

 

 港湾局、シルバースタイン、事故の犠牲者の家族、周囲のビルやテナント、当事者ではないのだが何かと口出ししてくる人たち等の存在を考え、公的な委員会機能を持つ組織である「ローワー・マンハッタン開発公社」が設立され。この開発公社こそが議論や問題を整理し、ワールド・トレードセンター再開発を成功させた最大の立役者だった。

 

 メモリアル、ミュージアム、アートギャラリー、公園、拡張した地下鉄の駅も設けられる事になり、ビルは7本建てられ、シルバースタインにはそのうちの3本を建てることになった。うち一本がひときわ背が高いワン・ワールド・トレードセンターだ。高さはアメリカ独立の年にちなんで1776フィート(541m)である。

 

 竣工当初、ニューヨークっ子の中にはこのビルには好感を持てないという人が少なからずいた。しかし2年も経つとすっかり町になじんだ。それが分かるのはおみやげ物屋さんだ。プレートとかスケッチなどの多くに、このビルがあしらわれるようになったのだ。

 

週刊住宅 2020年9月14日号掲載