「クロスレイル」

 「クロスレイル」はイギリスで進められている大型の鉄道新線計画だ。両端が二股に分かれているが、全長117kmというのは東京から熱海までとほぼ等しい。西では枝線でヒースロー空港内の3つの駅とつなぎ、ロンドン中心部を地下で貫通してはるか東に抜ける。2000年代後半に事業が正式にスタートし、当初の開業予定は2018年12月だった。

 

 沿線では多くの不動産開発の計画が持ち上がった。この新線はロンドンの不動産ビジネスにとって、久々の超大型のゲームチェンジャーなのだ。現在の地下鉄・11路線は1979年開業のものが最後である。

 

 クロスレイルの開業予定はべた遅れが続いた。先日も「2021年夏という目標は無理となり、2022年上半期に延ばす」とされた。その後の試験走行の段階でさまざまな問題が出るのは必定であり乗れるようになるのは一体いつ頃なのか、ロンドンっ子はあきらめ気分だ。

 

 「クロスレイル」というのは鉄道プロジェクト名なり会社名であり、路線名は「エリザベス線」と命名されている。すでにそこそこの長さで部分営業をしているのだが、肝心のロンドンを貫通する地下鉄部分の工事にてまどっている。最大の理由は資金不足だ。

 

 ロンドンの地下鉄の老朽化ぶりは有名だった。よく言われるのが「エスカレーターの踏み板が木製だった」という話で、現物をご覧になったことがある方もいらっしゃるだろう。

 

 ロンドンの地下鉄は世界初のものであり1863年に運行を開始した。まだ「エスカレーター」は発明されておらず、1911年に初めて駅に設置された時にはみな遠巻きにして乗り方を観察していたという。踏み板は当然、木製だった。

 

 1987年に火がついたマッチが踏み板のすき間から下に落ちてグリースに引火、死者31人を出す大事故が起きた。これで「やはり地下鉄では木製の踏み板は危険だ」となり、金属製の物に順次置き換えられることになった。

 

 この置き換えは2000年前後にはほぼ完了したのだが、グリーンフォードという駅のエスカレーターの踏み板だけは作業が遅れ、2014年にやっと置き換えられた。

 

 なぜこの駅だけ木製のまま放置されていたのか、調べたのだがよく分からない。写真を見る限りただのシャビーな踏み板であり、寄木細工製だったとか少しでも長く歴史的に保存しておきたかったとかいうような理由ではなさそうだ。

 

週刊住宅 2020年8月31日号掲載

 

                          ジャパン・トランスナショナル 坪田