アメリカの「ハンコレス」な不動産取引では・・

 「ハンコレス」への動きがある。

 

 私が働いていて不動産業界は「ハンコ」の渦のような業界だった。

 最初に配属されたのが建売住宅の部署で、建物を建てるには「建築確認申請書」を出さなければいけない。

 横浜市の場合は建築基準法の所轄部署の他、消防の控え等、1棟に付き4冊セットで申請、それぞれに社長印と社印を押す。60棟くらいを同時に着工していたので、ハンコの押印数は約500回となる。これを私のチームだけで年2~3期・100数十棟、部全体では一年に1000棟以上の押印を総務部にしてもらっていた。

 「建築確認申請」だけでこんな回数になるので、当時の押印担当者はすぐに腱鞘炎になっていた。

 

 1986年にマンハッタンで6億1000万$で超高層ビルを買った時は当社側の現地法人の責任者が買主としてサインしたわけだが、用意された書類はちょうど机の高さだったそうだ。

 サインしてもサインしてもまだあり、最後の方は手がしびれて動かなくなったという。

 こんな話は他では聞いたことがないので、これは「不動産の現物売買」の形をとり、かつ契約の履行について当社側が疑いをもたれていたのではないかと思う。

 通常だとこういう売買はビルを保有する「会社の売買(株式売買)」の形をとるのでそんなに大変ではない。必要があれば後に当該会社を吸収消滅させて本体の直接保有にする。

 しかしこのやり方だとどうしてもリスクが残る。ビルを所有していた会社に隠れた債務があるとそれまで引き継いでしまうからだ。たぶんそれを避ける為に現物不動産売買とし、手がしびれて動かなくなるまでサインをし続けるはめになったのだろう。

 

 なんにしても「ハンコ」があればそれをバンバン押せばいいだけなので、こんな苦労はしなくてすむなと思った。

 

 私は基本的には「ハンコレス化」は賛成なのだが、これだけバンコ文化が浸透・深化していると簡単な話ではないと思う。メディアに書かれているようなヤワな姿勢では、あちこちで突っ返され、それでおしまいだ。

 若いころ、最も不思議に感じたのは「捨て印」と呼ばれるハンコだ。「捨て印」の前提には「訂正印」と呼ばれるハンコがある。

 和文タイプで仕上げた契約書について軽微な変更があった時や打ち間違いがあった時に「×字加筆×字削除」と余白に書き入れ、その上に押されるのが「訂正印」だ。

 これを先取りして、役所への申請の際にあらかじめ「捨て印」を押しておき、書式の誤りや誤字の指摘による訂正を求められた時にはこれを「訂正印」として生かし、その場で申請を受理してもらうわけだ。とにかく「受理」してもらわない事には役所では話にならない。

 「捨て印」があればなんでも訂正できそうなので変だとは思ったのだが、そういう習慣なのだった。

 

 社会の仕組みはこういう話が山のように、あるいは積み木のように積み重なっている。

 私のビジネスでも、「請求書」を発送するときは赤い色のハンコを押さないと請求書のおさまりが悪い。それもなぜか「赤」でなくてはいけないのだ。変な話だ。 

 

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