アメリカ人にとっての中古住宅

 アメリカでは住宅が中古になっても価格が下がらないという話は、日米の不動産市場の違いとしてよく指摘される。あまたの研究があるが、私の知るところと感想を述べたい。

 

 不動産業界の関係者ではない3人のアメリカ人に別々に「(一 般論ではなく)あなたの場合はなぜ住宅は中古になっても安くならないと思うのか」と問うたことがある。いずれも逆に「君は なぜ安くなると思うのだ?」と追及され、実のある議論にならなかった。

 「中古で壁紙に汚れがあったらいやではないのか」と聞くと彼 らは一様にあきれ、「いやなら自分で貼り替えればいい」と言う。壁紙やのりなどの材料費は非常に安いし、専用の器具は大抵、誰かが持っている物を借りられる。壁紙貼りくらいは誰にでもできる・・。

 「素人が貼って、しわがはいった壁になったらどう思うんだ」 と聞くと、「しわが気になるならまた貼り替えればいいし、大体 君はそんなしわが住宅の値段に関係すると思っているのか」と完全にあきれられ、当方の人間性まで疑われる状況に陥ってしまった。

 

 中古が安くならない理由には他にもいろいろありそうなのだが、話の流れでアメリカのDIY文化を説明したい。一般論として日本よりはるかに盛んだ。DIY専門のナショナル・チェーンもあり、その営業成績が景気判断の一材料に用いられることがあるほどである。

 

 ある住宅所有者は車2台がゆうゆうと入るガレージの壁面いっぱいに各種用途、各種サイズの大工道具をぶら下げていて、その品ぞろえは本職はだしだ。彼はそれらの使い方を息子に教え込んでいる。

 彼は、日曜大工(DIY)は家庭の主としての最重要任務の一つだとしている。なぜなら「家」は一家にとって最大の資産であり、亭主たる者は(休日はごろ寝などせずに)自宅のメンテに励み、その技術は跡取り息子にしっかりと伝授すべきだと考えているのだ。

 

 DIYで自宅の庭に2年がかりで「プール」を作った人もいる。プールがあれば「プール付き豪邸」となり、資産価値は一挙にあがる。業者に頼めば工事費は平均4万$(432万円)程度なのだが、「プールをDIYで作る」という発想は日本人からは出てこないと思う。

 

 アメリカではこのDIYの文化も中古住宅の価格下落を止めているように思われる。「その気になればいつでも自分で直せる」という心理が重要なのだ。冒頭にあげた壁紙の例でいえ

ば、いつでも安価に貼り替えることができるのなら中古住宅の壁紙の汚れは気にならない。

 

 「アメリカでは中古住宅の方が高い」というのも、状況により事実だ。

 

 マンハッタンで最高級な住宅地では街路樹は数十年以上の年輪を重ね、並ぶ家々からも同様な年輪を感じる。作ろうと思っても即座に出来る街並みではない。この地区の住宅は築数十年以上なのだが、価格は高いものだと数十億円もする。

 しっとりとした街並みの中に誰かが新築の豪邸を建てると、 それは「マック豪邸」と揶揄される。「マクドナルド的豪邸」の意味だ。マクドナルドはどのような場所でもピカピカの店舗を構え、時にしてひときわ異彩を放つことから来ている。ここでは新しいことはマイナスであり、落ち着いた街並みに溶け込んだ中古が持つ「品」の方が評価される。

 

 マンションの場合、特に最近のニューヨークの新築物件はラグジュアリーな物件ばかりで、立地的に似ていても新築と中古のストレートな比較ができない。ただしばらく前までマントラのように言われていた「新築と中古には価格の差がない」という話は変化しつつある。

 新築ラグジュアリー物件は、価格は高いが中古よりあきらかにクオリティも高いからだ。内装にしてもキッチンその他の仕様にしてもはめ殺しの大きな窓からの素晴らしい眺望にしても、さらにプールやスパ他の共用施設にしても、新築と中古との間には歴然とした差がある。日本と似た「新築物件は高く、中古物件は安い」という状況が定着しつつある。

 

 最後につたない話だが、私の意見を書いておこう。一言で言えば、日本で中古住宅が安くなるのは「みながそう思い込んでいるからなのではないか」という話だ。言語学者の金田一秀穂氏が、著書『15歳の日本語上達法』(講談社刊)等で「刺身は『刺身』として認識すると美味しいが、『死んだ魚の生の肉』と認識すると食欲をなくす」という趣旨のことを言っている。

 日本人は中古住宅を『死んだ魚の生の肉』と認識、中古になると価格は下落すると反射的に考える、あるいはそのような思い込みが中古住宅を安くしているのではないだろうか。

 

 昭和の末期、三井不動産リアルティの前身である三井不動産販売は宮沢りえを起用、「リハウス」という言葉を世に送り出した。当時、ともすれば住み替えや買い替えにありがちだったある種の暗いイメージを、これによりファッショナブルなものに変えた。

 日本の中古住宅の価格の問題で求められているのは、これと同じ話のように思う次第だ。

 

                       ジャパン・トランスナショナル 代表 坪田 清

($=108円 2019年9月17日近辺のレート)

三井不動産リアルティ㈱発行 

REALTY PRESS Vol.46 2019年10月