近年で最も数奇な運命をたどっているホテルは、ニューヨークのウォルドルフ・アストリアだ。このホテルはヒルトンの最上位ブランドの一つで、フラッグシップでもある。
そのヒルトンをブラックストーンが会社ごと丸ごと買収したのが2007年7月、ヒルトン傘下のウォルドルフ・アストリアの土地・建物が100年間のホテル運営契約付きで中国の安邦保険に19.5億$(2100億円)で売却されたのが2014年10月だ。ちなみにこれは単体のホテル取引としては今でも史上最高額である。
安邦保険はウォルドルフ・アストリア全体で1400強ある部屋のうち、約1100室程度を数部屋ずつ連結してマンションとして分譲し、残る数百の部屋でホテルを続ける方針を発表した。労使交渉等を経て、2017年3月からホテルは休業となった。
ところが2017年6月、想定外の重大事が発生する。中国の当局が金融システムの危険予防のため、それまで海外で盛大にM&Aを行っていた4社、安邦保険、HNA(海航集団)、大連万達、復星国際に対して海外資産の圧縮を強烈に迫った。
4社の中で最も厳しく当たられたのが、安邦保険だった。2018年2月、中国当局は同社を政府管理とし、会長の呉氏は後に有罪とされ収監される。
ウォルドルフ・アストリアについて、マンションのコンバージョン手続きは緩慢にしか進んでいないように見える。ニューヨークの場合、この手の建物は通常、外観が保存対象となる(「ランドマーク」)。しかし市の歴史的建造物保存委員会は、今回はホテルの低層階の内装の一部も保存指定している。安邦保険との擦り合わせの具体的な進ちょく状況は不明だ。
中国当局が安邦保険とともにウォルドルフ・アストリアの売却に動いているという話もあったが、これは「十分に高い値段での買い手がいるのなら」ということのようだ。安邦保険はほかに高級ホテルを十数棟買収しており、今はこちらの売却準備を優先している。
これらの一連の込み入った話で最も利益を上げたのはブラックストーンだ。同社はいわゆる「プライエート・エクィティ・ファンド」の最大手、買収先の企業に財務リストラ、事業リストラ、人員リストラを加えて筋肉質の高収益とし、その企業を売却してサヤを稼ぐ。
ブラックストーンは再上場他を交えてヒルトン株を徐々に売却、2018年5月に残りの全株を売却した。〆てみると、この案件への投資で上げた利益は140億$(1.5兆円)に達していた。この額はファンドが一案件で上げた利益としては、史上最大であった。
ジャパン・トランスナショナル 坪田 清
週刊住宅 2019年2月18日号掲載