ヨーロッパで「城」を買う

 「城(キャッスル)」と類似したジャンルの物件を指す言葉に「シャトー」「パレス」「マナーハウス」等があるが、ここではあまり厳密に考えずに「城(キャッスル)」とする。

 

 「城」はヨーロッパ全域に分布して存在し、その総数はたぶん数万件から十数万件の間だと思われる。大切にされてきたからこれほど多くの城が残っているというよりも、石造りであるために取り壊すのにお金がかかるので放置され、結果として残ったのだろう。
 城はヨーロッパでは不動産投資の一つのジャンルであり、比較的活発に売買されている。ただし売買される城のほとんどは我々がテレビや絵葉書などから想い起す「城」とは比べ物にならない小ぶりなもので、また外観がいわゆる「城」らしくない平板なものも多い。日本でのイメージに例えるならば、庄屋・豪農の古民家、代官屋敷といった風情である。

 

 価格もピンキリである。

 

 2015年にパリ郊外で中東の富豪に売却された城の価格は2.75億ユーロ(339億円)だったが、城に関する最近の取引で、かつ実際に売買が確認された物の中ではこれがたぶん最高価格のはずだ。低層で横幅が広い、典型的なクラシカルなマンション(一戸建ての超豪邸)で、設備は現代的なものにアップグレードされていた。(追記参照)

 

 安い方ではチェコに1.3万ユーロ(160万円)という値札の城がある。この国の城は安い事で有名で、イギリス、フランス、イタリア、ドイツの類似の物件の半値とされる。写真で見るとこの物件は「城」というよりも、大きな岩の塊が重なっているだけの「残骸」であり、「こんなものでもヨーロッパ人には城に見えてしまうのか」と別の意味で感じ入る代物だった。

 

 以上は極端な例で、城の中心価格帯は数億円から数十億円だ。数千万円程度の物件でも外観がまあまあのものがある事はあるが、数億円以上の物件だと、それなりの雰囲気を持つ。絵になる物件もあるが、そのような城はかえって要注意な点があることは後述する。

 

 ちなみにアメリカでは「城ブーム」が周期的に起きるのだが、今も時々売買されている。当然、全てフェイクで、城ファンが建てた物だったり、富豪の親が子供を喜ばせたいとして建てた物だったりする。しかし外観はヨーロッパに残る本物の城よりも、はるかに絵本に出てくる「城」らしく造られているし、居住性も良い。祖先のヨーロッパの国に城を持ちたいというアメリカ人もいる。アイルランドの城はアイルランド系アメリカ人に人気という具合だ。

 

 「城」の問題は買った後にある。使えるように修復しようとするとべらぼうな金がかかるので、買ったまま何もしないケースが多いし、必要最低限のスペースにだけ手を入れて、残りの部屋は放置したままにする場合も多い。修復した場合、年々の維持管理費は多額だ。

 

 城の取引の過半は荒れたままの現状有姿での売買なのだが、時々不動産業者が設備や内装に大幅に手を加えて家具・什器・備品、プラスそれなりの美術品も付け、取得価格に十億円以上を上乗せして売られるケースがある。この場合、買ったら即、使用可だ。

 

 「古城ホテル」として営業する人もいるが、採算性はきわめて疑わしい。

 

 運が悪いケースとして、城を買った後に地元自治体がその城を文化財指定し、「所有者に対して建築当時の工法による復元を義務付ける」という物がある。「城を買うようなお金持ちなのだから私財でもって文化財保護・修復に貢献せよ」という理屈だ。壁一つとっても、藁をまぜた漆喰を人力でこねなければいけない。建造当時からの不出来に由来するものなのか、直して直しても直らない部位があったりする。「修復費は買値の一声10倍かかる」と言う話があるが、まともに修復を行うと本当にそういう額になる事があるのかもしれない。

 

 なまじ見栄えの良い城を買ったりすると、こういう目にあうリスクが高くなる訳だ。

 

 それでもなお、ヨーロッパで城が持つ不動産投資としての魅力を上げてみよう。

 

 現実的な問題として、「値上がり期待」がある。城は数に限りがあり新規供給もなく、また城を所有しているような人間が「売り急ぐ」という事もまずないので、値崩れしにくい。

 次の問題として、「城を所有しているという満足感」がある。往年の日本人の間にあった「不動産所有意識の満足」と似ている。さらに城を所有している事はステータスともなる。

 

 最後に、数多い実例の中から推薦物件を3つ、挙げてみたい。

 

 「これはお買い得だ」とメディアに紹介されたのは築700年のアイルランドの城で庭園も整備されており、家具や調度品も付いている。即、使用可の状態で700万ドル(7.70億円)。
 築650年のイタリアの城は80室、大規模リノベを施した物件で、実際に所有者ファミリーが住んでいる。即、使用可の状態で3000万ユーロ(36.9億円)。 
 城を単に所有するだけでなく、「領主の気分になれる」というのが売り物のイタリアの城は830万ドル(9.13億円)。ワイン畑の他に小作農家(領民)17戸が付いている。

 

(ドル=110円、ユーロ=123円  6月9日近辺のレート)
                     ジャパン・トランスナショナル 代表 坪田 清
三井不動産リアルティ㈱発行 Realty Press Vol.40

 

(追記)フランスのこの城は実はなんと「超高額の城の『建売り』」であり、中世に建てられたものではなかった。この手の超高額物件は秘密裡に売られる事が多いので、第一報の段階では報道が混乱していたのではないかと思われる。

 買い手は当初は不明だったのだが、後にサウジのムハンマド皇太子だとされた。しかし取引に当たってはタックスヘブン諸国等に設立したペーパー会社を幾重にも重ねているため、本当にムハンマド皇太子なのかどうかは知りようがないはずだ。

 

(2022.6.21追記)イギリスのマナーハウスと呼ばれる「城の一種」を買ったアメリカ人の修復にか   かった手間と費用が、ニューヨークタイムズに出た。以下はその骨子。

英:15世紀の「城(マナーハウス)」を修復したアメリカ人 

(NYT 2022.6.18・土)

 1920年代以降、誰も住んでいないマナーハウスをアメリカ人が修復を試みた。広さは5万sqft(1780坪)で60室、レンガと石造で屋根や窓、漆喰等がひどく傷んでいる。地元自治体との複雑な手続きの後に修復工事に着工、毎日30人以上の手が入り、工事費1300万$(17.6億円)、年間の維持費80万$(1.1億円)の見込みとなった。

 

(追記2023.5.31)

 「城」のリノベ費用として参考となる話がBBC5.30付けで出た。修復費は売り値の400倍だ。

(BBC 2023.5.30・火)

英:売値は3万£(519万円)だが、アップグレイドに1200万£(21億円)の城はいかが?

 スコットランドのフェルター島にある1820年築の富豪の超豪邸(「城)は、建物24寝室・土地40エーカー(4.9万坪)で売主はトラスト。売値は3万£(519万円)だがこのトラストは買主にリノベを期待し、その所要額は1200万£(21億円)との事だ。