どこでも「値切る」というクセが消えるまで

 一部の国(エリア)に行くと、何をするにも価格交渉をしなくてはいけない。


 8日間滞在して、一日6回値切っていたとすると、48回になる。すると日本に帰ってからもしばらく値切るクセが抜けなくなる。


 帰国してから1週間くらいまでは、自然体で値切る事ができた。


 日本橋の三越や、新横浜のプリンスペペでも、つい値切ってしまい、実際、値切れたのだから驚きだ。もっとも「値切った」といっても数千円から1万円の話だ。


 10日くらい経つと、日本人的感性が戻ってきて、値切る言葉を発するときに、つい、ためらいを感じてしまうようになる。


 すると、もう値切れなくなる。―――それでも感覚は残っている。


 日本橋の室町に「利休庵」という老舗のそば屋さんがある。お勘定場には福々しいおじいちゃんが座っている時と、その跡取りが座っている時がある。


 この界隈では、おじいちゃんが座っている時は縁起がよいとされているのだが、彼から「値切り」を引き出すのは実に難しい。


 例えばこの店の名物、「なっとうそばの大盛り」は私の好物でもあるのだが、ちょっと割高な気がする。

 そこで値切ろうとすると、おじいちゃんは「(レジの)タッチパネルを押すと自動的に値段が決まってしまうので、私の力ではお値引きはできないんです」と、すまなそうに言う。


 江戸っ子の洒落の力に、当方の「値切り力」が負けるわけだ。


 10年くらい前だったと思うが、おばあちゃんがなくなられた時、おじいちゃんは元気をなくし、店番にも姿をあらわさず、みんなで心配した。今はすっかり元気そのものだ。


 長生きしてもらいたい。


 利休庵では、気分よく、壁にはられた値段表どおり、はらおう。