2016年4月のブログ

日銀の総裁職には「TOEIC」の義務付けを

 黒田さんの英語が、あれでは下手すぎると個人攻撃をしたいわけではありません。

 

 現代の世界金融の状況を鑑みるに、一般論として英語でのコミュニケーション能力は日銀総裁という職には必須な能力だと言いたいのです。

 

 相対で話した時には、ボディーラングエッジを交えれば通じるというのじゃ、ダメ。

 

 電話でコミュニケート、ディスカッションできることが、最低限必要な能力だと思う。

 

 現在の布陣でいえば、日銀の黒田総裁はアメリカのイエレンFRB議長や・・・

 ヨーロッパ中央銀行のドラギ総裁(イタリア人だが必要な英会話能力は持っている)と・・

 「必要な時にいつでも国際電話でコミュニケート、ディスカッションできなくちゃ、いけない」といいたいのです。

 

 電話での三者会談がこなせないようでは、日本はもちろん、世界にも大迷惑だ。

 

 日銀のナンバー・2や、担当者が先方と密に連絡を取っているから大丈夫?

 

 世の中、そんなわけがない。

 日銀のナンバー・2を相手にしてくれるのは、FRBだったらヒラ理事未満だ、きっと。

 

 いろいろなシナリオはあらかじめ想定済み? ・・ そんな馬鹿な。

 

 例えばイギリスでユーロ離脱が決まる日に、ロンドン証券取引所でテロが起きたらどうするのか。

 

 こんな想定しようのない突発事態には、でたとこ勝負で対応するしかない。

 

 その時は、各国の中央銀行がいかに緊密に、迅速に連携できるかがカギだと思う。

 

 やっぱり、日銀総裁職にはTOEIC受験が必要です。ただし点数公開は不要。

 

 「英検1級」と言いたいところだがこれは難しすぎるので、TOEICで勘弁してあげる。

 

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「中森明菜」にさようなら in HDD

 シャープ製のDVDレコーダー、買って6年経っていた。

 長い間、酷使に耐えてよく頑張ってきてくれていたが、さすがにあちこちが痛んできた。

 

 BS放送を本格的に見るために、CATV会社であるユーテレビの関係の方に聞いたら・・・

 「今、追加でチューナーを付けて、後でDVDレコーダーを買い替えるくらいなら、思い切ってユーテレビから『リース』を受けた方がいい」と言われ、それに乗ってしまった。

 

 私は基本的に、非常に説得されやすい人間なのだ。

 

 新しいDVDレコーダーはパナソニック製の3チューナーで1TBもあり、上々だ。

 

 ただし悲しいことがあった。

 前のレコーダーのハードディスクには2つの「中森明菜」の番組が入っていたのだ。

 もちろん、DVD-Rには落としてある。でもHDDに入っていると、全然違う。

 

 2つの番組はともにNHKのSongs。

 

 何回見てもすごかったのが、中森明菜がカバーした尾崎豊の「I Love You」。

 (尾崎豊、って生きていたら50才なんだって!?)

 歌っている中森明菜の思い入れがこもりすぎて、こちらまで息苦しくなるほどだ。

 

 もう一本は、おととしの大晦日を踏まえて、去年の初めに放映された「歌姫、復活」。

 直近の元気そうな姿がなによりではあったが、肝心の場面の化粧がひどすぎた。

 

 紅白歌合戦にロサンジェルスから生出演すると、現地では極端に朝が早くなる。

 それでもスタジオ入りした時点での中森明菜は、それなりに良かった。

 

 問題は本番出演までの待ち時間が結構、長かったことにあったのだと思う。

 

 生中継の出演の時には、寝不足と緊張の中での待ち疲れで、化粧がおかしくなっていた。

 椿鬼奴が偽悪的な化粧をした時みたいな顔になってしまった。

 その後、明菜の復活を待っていたのに、音沙汰はない。きっとめげたのだと思う。

 

 なおうちのカミさん、出会ったころ、「自分は明菜に似ているといわれる」と言っていた。

 私は昔も今も平和愛好者なので、確かに似ていました。

 

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春の川越めぐりとお花見の思い出

 4/3(日)、合唱サークルの仲間たち=中学校の同級生と、「川越めぐり」をした。

 日曜日としてはこの日しかないという絶好のお花見日和と重なり、また、地元在住の同級生がルートや、お食事処などを設定してくれたおかげで、楽しく、充実した一日だった。

 

 蔵造り等、見どころ、満載。ずいぶん外人さん(浴衣や和服を着ている方もいた)を見かけたが、わざわざ川越まで来る価値はたしかにあります。

 

 印象的だった名所の一つが「五百羅漢」。

 大したことはないと言えば大したことはないのだが、心に残っている。

 昔は地元の子供がここで遊びまわっていたそうだ。

 本丸御殿だったか、「この大広間は昔は柔道の練習場として使われていた」などという話も、面白かった。

 

 実は川越には大学時代の思い出がある。

 「都市工学」を専攻したのだが、川越の都市計画の課題が出たのだ。

 

 誰でも思うのは、西武新宿線の「本川越駅」を移転して「川越駅」に持って来る事。

 しかし私はこれは両駅を結ぶ商店街の反対で、実現不可能だとした。

 

 今回、実際に行ってみると、クレアモール商店街の反対もさる事ながら、肝心の西武鉄道(現・西武ホールディング)が駅移転にウンという訳ないですね。

 本川越駅周辺にいっぱい土地を持っているのです。

 こういうことを反射的に考えるのは、やはり不動産会社に勤めていたからでしょう。

 

 昔、駐車違反で私をつかまえた交番は、さすがにどこかわからなかった。

 

 振り返れば、過去の人生の「お花見」で一番、印象深いのは、バブルの真っ最中だった時の事だ。

 

 当時の名称で「住宅公団」「日本債券信用銀行」はともに本社が九段下にあった。

 昼休みに私が日本橋から抜け出して、この2社に勤務する大学の同級生と待ち合わせし、3人で会社をさぼって千鳥ヶ淵でお花見をしたのだ。

 

 当時、3人とも35才前後。解放感、いっぱい。

 ボートを漕いで桜の木の枝の下をくぐり抜けた「お花見」はとても爽快だった。

 

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「東旭川駅」は私にとって十分、「秘境駅」だった

 平成3年か4年の事だ。私がお守りをしていた旭川市内の「山林」について買主が現れた。

 前日に旭川のホテルに泊まり、当日は余裕を見て1時間、早めに出た。

 

 降りた「東旭川駅」は衝撃的な駅だった。

 「東旭川」というくらいなら、旭川市の市街地が続いている場所だと思い込んでいた。

 

 しかし、旭川駅からほど近いその駅で、列車から降りたのは私一人。

 

 改札口が見当たらず、どちらに向かって歩けばよいのかすら、わからない。

 

 大体、ホームは形からして「ホーム」らしくなかった。「島」になっていないのだ。

 

 列車が止まる側はちゃんと「壁」になっているのだが、反対側はごくなだらかな斜面だ。

 そのまま駅の外の平らな空き地とつながり、レンゲに似た白い花が群生していた。

 簡単に乗り越えられる、壊そうと思えば明らかに簡単に壊せる、頼りない「白い木の柵」が、かろうじて駅の「構内」を普通の土地を区別している。

 

 私は呆然と立ちすくんだ。列車から降りたのに、とにかく歩く方向が分からないのだ。

 

 そうこうしているうちに反対側に止まっていた列車が動き出した。

 改札口が現れた。その列車に隠されて見えない状態だったのだった。

 

 駅の外に出てまた呆然とした。

 

 私は喫茶店で時間をつぶすつもりで、早めにホテルを出たのだった。

 しかし駅前には、喫茶店どころか商店を含めて「家」が一軒もない。

 緑の公衆電話ボックスが一つあるだけなのだった。

 そこから買主に電話して、指定時間より早めに着くと了解を得た。

 

 「秘境駅」がブームだというが、それはそこが「秘境駅」だと知って向かうものだと思う。

 私の場合は不意打ちをくらったようなもので、東旭川駅は当時、十分、秘境駅だった。

 

 少し離れたところに「東旭川」の集落(住宅地?)があるらしいことは今、知った。

 

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