2016年3月のブログ

dマガジンと相性があうのは、私の場合は「SAPIO」と「サイゾー」

 ドコモ提供の雑誌購読アプリ「dマガジン」。なかなか好評みたいだ。

 週刊誌を中心に雑誌160誌強が、月400円で「読み放題」とある。

 

 「読み放題」は原理的には事実ではあるが、モバイルで読もうとすると現実的ではない。

 

 なぜなら雑誌の各記事のデータは「画像」なので、ダウンロードに非常に通信量を食う。

 定額パケット契約をしている私(大部分の人はそうだろう)にとって、ちょっと気を入れて読みふけっていると、すぐに翌日からソフトバンクの通信速度制限がかかってしまう

 

 正確な説明は難しいが、一日に10数記事を読むと、通信制限にひっかかる感じだ。

 翌日から、インターネットは実質的に利用不能(メールと電話はできる)になり、通信速度制限が解除されるまで、すごく不便になってしまう。

 

 だから「160誌強の記事を全部読める」なんて期待したら、大間違いなのです。

 そういうある種、致命的な欠陥があるが、それでも「dマガジン」はかなり優れものだ。

 

 私がよく拾い読みするのはいかにもオジサン的に、「ポスト」「現代」「FRIDAY」「週刊新潮」「週刊文春」「NEWSWEEK」「AERA」「サイゾー」「SPA」「SAPIO」。

 

 私にとって、紙の週刊誌で読むのと、iPadで読むのとではちょっと感じが違う。

 

 最も「読みで」がある雑誌は「サイゾー」と「SAPIO」だ。相性が良いのだろう。

 比較的重めのテーマが切り口鋭く、かつネットでも読みやすい文体で書かれている。

 

 翻訳文なのでちょっと読みづらいが、「NEWSWEEK」も私と相性が良い。

 「ポスト」「現代」「FRIDAY」「週刊新潮」「週刊文春」「AERA」「SPA」は読みたくなる記事が、毎週1記事か2記事程度、載る。(「袋とじ」は読めませんよ、念のため)

 

 反対にいかがなものかと思うのは「週刊朝日」「サンデー毎日」で、これらには読みたくなるような記事が、全く出ない。

 これ、相性とか好みの問題なのだろうか?

 

 経済専門誌の「エコノミスト」「東洋経済」「ダイヤモンド」では、紙とiPadの違いがはっきり出る。

 

 経済誌は紙の見開き両面にグラフや図表や一言メモが散りばめられていることが多い。

 紙で読んでいた当時は、意識せずにこれらに目を配りながら文章を読んでいたわけだ。

 iPadではこれが出来ず、文章の理解が進まず、フラストレーションばかりがたまる。

 

 おまけにこれらの経済誌は、概して「文章」があまり上手ではないと思います。

 

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財務省と日本の経済学者を黙らせるためにお越しいただいた?クルーグマン先生ほか

 私のスペシャリティはあくまで「グローバル不動産経済」

 

 従って、政治や財政や大きな視野での経済の事はよくわからない。

 来年春に予定通り消費税を増税すべきかについても、正直言えばよくわからない。

 

 そのような門外漢ではあるが、今回、アメリカからスティグリッツ大先生や、ポール・クルーグマン大先生ほかにわざわざ「金融経済分析会合」のために来日してもらった話・・・・

 

 これ、斯界の大御所のご意見を聞いて「参考としたい」、なんて趣旨ではないと思う。

 

 どうしても消費税増税をしたくって、動きを止めることがない「財務省」の方々。

 どの高名な先生のご宣託に従ってやってみてもうまくいかない「日本の経済学者」。

 

 だいたいにして、バブル崩壊からもう四半世紀ですよ。

 25才だった坊やが、50才になってしまった。

 

 普通の病気だったら「自然治癒」しててもいいくらい、長い年月が経っている。

 

 申し訳ないが、過去25年の経験から判断して、今回は「財務省」の方々と「日本の経済学者」さんには、黙っていてもらっていた方が、まだうまく行きそうな気がするわけです。

 

 あたりまえでしょ? 25年間はずし続けれるなんて、占い師だったら逆に天才。

 

 「財務省の方々」「日本の経済学者の方々」に黙ってもらえるようにするベストなカードとしてたどり着いたのが「ノーベル経済学賞のご威光」だったと了解しました。

 

 わざわざ日本まで来ていただいて、テレビカメラをたくさん入れた席でああいい話をしてもらうのは、「財務省と経済学者のみなさん、もう、黙れい!!」という・・・

 

 私にはこのような趣旨だとばかり思って見ていたのですが、そう解説されている方、テレビでは見当たりませんでした。

 

 違っているのでしょうか?

 

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ピアノによる伴奏の弾き方が、少し分かってきた

 中学校の時代の気の合う男性3人、女性1人でやっている合唱サークル・・・

 

 私はもっぱら伴奏者としてのピアニストだ。ただし我流だし、すごい「へぼ」。

 

 唯一の女性、超美人だし音程が正確で声もすごくきれいで、伴奏もし甲斐がある。

 

 もっぱら活動の場としている老人ホームでは、彼女の固定ファンができたほどだ。

 

 ソプラノのプロの先生に受けている声楽指導の合間に、私のピアノも見てもらっている。

 

 ここではっきりと自覚したのだが、私は「教えられる能力」が低い。

 

 実は、「人生で一度は本物のピアノの先生に習ってみたい」と思って、3年ほど前からピアノの本チャンの先生、というか本チャンになっちゃった先生に教わっている。

 

 まだ20代の彼女は、モルダウのピアノ連弾版で、先日CDデビューをしたのだ。

 

 彼女とのレッスンでも問題は「私の教えられる能力の低さ」の方である事に気が付いた。

 

 それはそれとして、最近、やっとピアノで声楽の伴奏を弾くコツがわかってきた。

 

 まず勘違いしていたのは、「ピアノに合わせて歌ってもらう」のではなく、「歌手に合わせてピアノを弾く」あるいは「歌手とピアノの合作で歌を作る」のだ。

 

 次に、テンポの問題。

 

 私が親しんでいた音楽は「(ドラムが刻んで)テンポは一定」というのが当たり前だった。

 

 でも我々がサークルで取り組んでいる歌は違うのだ。

 

 息継ぎや思い入れ等、もっと自由にテンポを変えていい。

 

 これに慣れてしまうと、一定のテンポで刻まざるを得ない音楽って、なんと不自由なことだったかと思ってしまう。

 

 人生、62才になって、進歩はいくらでもありますね。

 

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渋谷駅の乗り換えにおける位置エネルギーの問題

 昨日は高校の時の仲間と飲んだ。

 

 まったく「筑波大付属駒場」における「東大卒の密度」はすさまじい。昨日の会は全員が東大卒なのだ。

 

 定例化しているこの飲み会のメンバーは、修学旅行の時の「班」で、班に振られた番号をそのまま用いて、「17班の会」と称している。

 もともとは不定期に集まって飲んでいたのだが、もう10年以上前からは毎回幹事を決め、半年ごとに定期的に集まって飲み会を開いている。

 

 次回は茨城県の戸頭に住んでいる人間が幹事で、関東鉄道の「ビール列車」で飲む会になった。

 あのあたりは「関東の秘境だ」と言ってしまって、まずったと思ったが、遅かった。

 

 今は違うかも知れないが、関東鉄道って一部区間がすでに通勤列車化していた時代でも、空気を利用した「空気圧」で止めるブレーキだったのだ。

 普通は「油圧」はなかったかと思う。

 

 筑波大付属は一学年170人くらいで、我々の期は80人以上が東大に受かっていたと思う。

 だから局所的には「7人全員が東大卒」というような状態になる。

 しかし世間一般のイメージとは異なり、東大卒といっても、みな市井の人だ。

 

 「17班」の8名のうち、1人だけは東大に行かなかった。普通のお医者さんになることを志したためだ。しかし彼は先年、早逝してしまった。

 

 学校が井之頭線沿いにあったため、ターミナル駅の話題となると「渋谷駅」になる。

 

 私は以前から「渋谷駅における位置エネルギーの問題」を考えていた。

 

 むかし、井之頭線方面から東急東横線に乗り換えようとすると、JRをまたぐためにどうしてもどこかで自力による位置エネルギーの獲得(=階段を登る)が必要だった。

 しかし東急東横線の地下化により、複雑な手順を経なくてもこの問題は一挙に解決した。

 すこし手前でハチ公前広場方面に向かう階段を下りれば、位置エネルギー問題での無駄な徒労はなくなる。

 

 昨日の飲み会で提示されたのは、銀座線に乗るときの位置エネルギー問題だった。

 

 数学科卒の某君が言うには、(少々酔っていたのだが、私の記憶が正しければ)東横百貨店のエスカレーターでいったん5階まで上り、少し離れたところにあるエスカレーターで4階に下り、階段を一階分降りると、「自力で位置エネルギーを獲得することを強いられる」という事態が避けられるのだそうだ。

 

 今度、確かめてみましょう。

 

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地下鉄サリン事件の日の朝の私

 地下鉄サリン事件が起きたのは1995年3月20日というから、もう21年前だ。

 

 あの日の朝のことは未だに鮮明に覚えている。

 

 私は、その日も普通の出勤日、しかしいつもより少し早目に家を出た。

 

 いつものとおり、東急東横線から地下鉄日比谷線の始発に中目黒で乗り換え、当時の私の定位置であった先頭車両の一番後ろの4人掛けの席に座って、本を読んでいた。

 

 ふと気が付くと、乗った地下鉄が六本木駅で停車したまま動く気配がない。

 

 しばらくして車掌さんが「日比谷線は全線、止まっていて運転再開の見通しが立たない」とアナウンスをするのだが、明らかに普段と違う声色だった。

 

 この時、サリンはすでに日比谷線車内でもまかれ、六本木駅の2つ先の霞ヶ関駅で地下鉄は停車し、歴史に残る大惨事の現場の一つになっていた事を後で知る。

 

 あわやその車両に乗り合わせていた可能性があったなどという事はつゆ知らず、私は六本木駅を降りて徒歩数分の地下鉄千代田線の乃木坂駅まで歩く事にした。

 

 千代田線はいつも通り、動いていた(後で考えると不思議だ)。

 

 妙に乗客の数が少ない等、何か気配がいつもと違うなとは思ったが深く考えず、また本の続きを読み出し、気が付くと日比谷駅だった。

 

 この時、またかすかに「あれ、もう霞が関駅を過ぎていたんだな」と思った。慣れない電車だったので降りそこなわないように、今、どの駅なのかは軽く意識していたのだ。

 

 あとで、当時、千代田線は霞ヶ関駅は止まらずに通過して運転していたと知る。

 千代田線の社内で撒かれたサリンは、車内から駅のホームに蹴りだされたのではなかっただろうか?

 

 なんにしても日比谷線車内、千代田線霞ヶ関駅と、2回もサリンをかすった訳だ。

 

 そして、会社についてしばらくして、テレビでこの日の大事件を知ったのだった。

 

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