2015年10月ブログ

ビールは「金麦」、わたくし流の節約術の理論的裏付け

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 会社員生活を卒業して、超ミニビジネスを起業してから、金遣いが荒くなってしまった。

 

 エクセルで作った小遣い帳を毎日付けているから、はっきりわかる。

 物欲はそんなにないつもりなのだが、つい無駄遣いをしている。

 ほんとうにどうしようもない物にもお金を使っている。

 

 今、迷っているのは「水晶福だるま」、税込39,800円。


 三宝堂という会社が出した山梨県発の縁起物で、読売新聞の広告で目についた。

 「家紋」も彫ってくれるそうですが、まあ、たぶん、買わないと思います。

 というかこういうものに心が一瞬でも動くようになったいまの自分が信じられない。

 

 私のささやかな節約術の一つが、夜の晩酌。

 

 飲むビール(発泡酒)は「金麦」なのだ。

 近所の「OK」という名前の格安スーパーで買うと350ml缶が95円。

 私はこれで十分に満足。

 

 たまに奮発して「プレミアムモルツ」を飲むと、たしかにすごくおいしいです。

 しかしこれ、同じOKの店で買うと、350ml缶で187円。

 

 ここで思うに、「プレミアムモルツ」を毎日飲んでいたら、そのありがたみ(美味しさ)にも慣れてしまって、なんとも思わなくなるだろう。


 従って、私は「毎日飲む」事による効用は、「金麦」も「プレミアムモルツ」もまったく同じだと思うのだ。

 

 さらに「金麦」の方を飲んでいると、たまに飲む「プレミアムモルツ」が実に美味い。

 毎日「プレミアムモルツ」を飲んでいたんじゃ、この美味しさは味わえないだろう。

 

 という事は、必然的な選択として毎日飲むのは「金麦」であるべきなのではないか?

 

 おまけに上記で一缶あたりの価格差92円。

 一年に400本飲むとすると36,800円+消費税=39,744円。


 それでもまだ、「水晶福だるま・39,800円」にはわずかに届きません。


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三囲神社(みめぐりじんじゃ)と三井系の変な施設の思い出

 以下の話はもううろ覚えの事も多いので、間違っているかも知れない。

 

 まず、NHKのニュースに出てきた、「三囲(みめぐり)神社」。

 墨田区向島にある。

 三井の「井」を囲って禍から守るとし、江戸時代に三井家が縁起を担いだ神社だ。

 向島は江戸から見て東北の方向にあるので、鬼門を守るとも言われた。

 この神社に寄進している所に三井系の大手会社がずらりと並んでいて、壮観だ。

 三越さんはここの分社を日本橋本店の屋上に祀り、毎月拝んでいるのだそうだ。

 

 京都には檀家が三井家だけという「真如堂」というお寺がある。

 最近は紅葉で超有名になった。

 昔、境内に三井系会社の社員が優先的に泊まれる宿泊施設を作った。

 これの利益で維持費を捻出するのが目的だったが、うまく行ったのだろうか。

 

 伊勢の松阪は三井家発祥の地で、やはり三井家ゆかりのお寺がある。

 築ウン百年だ。

 これも昔の話だが、痛みが激しいので修理をしようとしたところ、こういう話に進んでお金を出してくれる気前がいい会社は三井系各社にはない。

 みなシブチンだ。

 平成になったばかりの頃、このお寺を見てきた。

 修繕費をケチったため、なんともちぐはぐな色合いになっていた。

 

 港区の三田にある「綱町三井倶楽部」は、申請すれば文化財ものだ。

 戦前の三井の絶頂期に、その迎賓館として建てられた超豪華な建物なのだ。

 建物や調度品も凄いが庭もすごい。

 三井家の一員である先輩が、その人のひいおじいちゃんが和風庭園部分を造ったと言っていた。庭を見れば相当な粋人が造ったものだと素人でも分かる。

 広大な敷地なので平成3年に導入された地価税の額も半端ではなかった。

 「なんとか応分のご負担を」と各社にひらにお願いしてまわったと聞く。

 

 日本橋室町にある重厚な石造りの「三井本館」。これは今でも現役中の現役だ。

 今は地下階、随分と綺麗になったが、15年くらい前まではケモノ道状態だった。

 あかずの扉が幾つかあって、おっかなびっくりあけてみると茶碗がぞろぞろ。

 さっそく鑑定に出した訳だが、大したものはなかったとのこと。あったら一騒動だ。

 なぜこのビルのエレベータには「2階」がないのかという話も、昔はよく聞かされたものだ。

 戦時中、「6階建て以下のビルはエレベータ使用禁止」というお触れが国から出て、このビルは本来は6階建てなのだが、銀行の女性行員の控室があった中二階を「二階」という事にして、7階建てのビルと言う事にしたからだそうだ。

 

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筑波大付属駒場の昔の田んぼ(田植え)の授業 その2

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 私が高校に入学した1969年当時も、高校生は「文科系」と「理科系」にコース分けされた。

 

 私は理科系で、従って文科系の科目、特に日本史、世界史、地理、倫理社会、政治経済の勉強はまったくしなかった。東大の理系の二次試験にはこれらの科目はなかったのだ。

 

 筑波大付属駒場には「駒場の自由」という旗印がある。これは生徒にとっても重要だったが、先生にとっても重要だった。「自由」を錦の御旗に、何を教えても良かったのだ。

 

 だから日本史は「魏志倭人伝」と「明治の条約改正史」、地理は「地図の各種の技法」と「マルサスの人口論」、世界史は詳しくやりすぎて「ギリシャ・ローマ時代」と「唐の時代」までで一年が終わった。「倫理社会」は何を教わったのか全く覚えていない。「政治経済」も似たようなものだが、テストでマネーの回転速度の問題が出た(もちろん答えられたわけがない)ことだけ覚えている。なぜ覚えているかと言うと、これが数式だったからだ。

 

 まあとにかく、当時の私にとってはどうでもいい話ばかりだったわけだ。

 

 したがって頼ったのが「期末対策委員会」。

 期末テストが近くなると、有志が集まって手分けし、みんながまじめに聞いていないであろう科目について、試験予想をかねた「レジメ」を作ってくれた。

 

 期末対策委員会が初めてできたのは高校一年生の終わりごろだったと思う。

 当初は学年横断的な委員会だったのに、学年が進むとクラス別に期末対策委員会ができるようになり、他のクラスの委員会のレジメをいかにして手に入れるかが課題になった。

 

 そこで「農学」の話だ。

 初期の期末対策委員会で最も需要が高かったのが「農学」の授業のレジメだった。

 

 当初は一人の献身的な委員が犠牲になり授業を聴き、ガリバン刷りにして配っていた。

 ところが期末試験の日時がだんだん近づいてきてこれでは追いつかなくなり、彼はガリバンと鉄ペンを持って、最前列の席で授業内容をノートではなくガリバンに書いていた。

 

 先生はこれを見咎め、「そこまで他人の面倒を見てやる事はない」と言ったのだった。


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筑波大付属駒場の昔の田んぼ(田植え)の授業 その1

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 今では「農業体験」を売り物にしている私立の学校まであるようだ。

 

 筑波大付属駒場(当時の「教育大付属駒場」)では昔から「農業学習」があった。

 1969年に同校の高校へ入学した時、「農学」が一年生の必修科目なので驚いた。

 筑波大付属駒場は元々、農学校として出発したので、こんな科目があったのだ。

 

 「田植え」や「稲刈り」をやらされた。みないやいやながらやっていた。

 田植えは苗を一人一条(一列)分、植えた。

 稲刈りは自分たちでしたのか、先生が機械でしたのか覚えていない。

 カマは大けがしかねない。刈り取った稲を束ね、校舎までかついで運んだ。

 

 座学もあった。とにかく農学は「必修科目」なのだ。万が一にでも落とすとヤバい。

 例えば、期末テストでは「農薬の種類」「作物の名前」「その病気」を結べと出た。

 

 もう一問は「今年の田植えは『何月何日か』」だった。

 

 田んぼの水を引いていたのは歩行者用道路の反対側の池で、大きなコイが何匹もいた。

 しかし、この池には家庭用雑排水がどんどん流れ込んでいる。

 あまりの汚さでコイが死んだら、「田植え」はしなくてよくなると信じられていた。

 

 しかししぶといコイたちは一匹も死ぬことがなかった。

 

 誰かが化学教室からカリウムの塊を盗み出し池に投げ込んだのだが、爆発音とともに大きな水柱が上がっただけで、コイは死ななかった。

 

 そんな農業用水だったから、田んぼの土は「土」というよりヘドロだった。

 平均的な農家は一粒の種もみから200倍の収穫を得ると農学の授業で教わったが、われわれの田んぼは4、5粒分くらいしか実らなかった。

 

 筑波大付属駒場は学校も田んぼも京王電鉄が運営する井の頭線沿いにあった。

 田んぼから見上げると井の頭線が走っている。

 

 時、おりしも電鉄会社のストライキが頻発した時代。

 京王電鉄がストに突入すれば学校が休校になるので、田んぼに入らなくて済む・・・

 みんなの期待の中、京王電鉄の労使交渉は組合側の譲歩で夜ふけに決着。休校はなくなった。

 

 我々はヘドロの田んぼに入り、井の頭線に向かって「軟弱クミアイ」と罵るのだった。当時、「軟弱」というのは最も強烈に相手を罵倒する言葉だったのだ。

 

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進む私の「IoT」化

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 世の中で喧伝される「IoT(Internet of Things=身の回りの物がみなインターネットにつながってしまうという進化)」だが、はっと気がついたら自分においても進みそうだ。

 

 ちょっと前までは「PC」と「iPhone 6 Plus」だけだったのに、この半年で激変した。

 

 激変のきっかけを作ってくれたのは、雑誌購読アプリの「dマガジン」だ。

 私の様な独立孤高のコンサルタントにとって、雑誌は雑知識の重要な情報源。

 

 しかしこのアプリ、やたらバイト数を喰うので仕方なく契約したのがモバイルルーター。

 

 すると、昨年、「iPhone 5」から(携帯電話としては大画面の)「iPhone 6 Plus」に乗り換えたと同時にまったく使わなくなった「iPad 2」が、このルーターのおかげで生き返った。テザリングとでは手間が全く違う。

 

 腕時計が「アップルウォッチ・Apple Watch」になって、私の「IoT化」は一挙に爆発的な進化をした。

 自宅のPCはもちろん、自宅の業務用の電話もiPhone=Apple Watchに転送する設定に変更。スケジュール管理も今は手帳とiPhone 6 Plusの二本立て(ばからしい)。

 

 先日は「テレビ」のビエラを買ったら、インターネットに対応していた。

 今の所、見るのはもっぱらYouTubeだけだが、PCに比べテレビだから見る姿勢も楽だし、大画面なので迫力もあるし、音もいい(私は外付けのスピーカー2.1でテレビの音を聴いている)。WiFiキーボードで操作できるはずと思い、現在調査中。

 

 プリンターは近々、WiFi対応の物に買い替えるつもり。

 勢いに乗じて、体重計もWiFi体重計にしようかと考えている。

 

 今の技術で、あと何をぶら下げれる事ができるのだろうか?

 クーラーは去年買い替えたばかりだし。

 「壁掛け時計」なんて技術的にはぶら下げれそうだけれど、意味が思いつかない。

 「カレンダー」と絡めて、「鳩」でも鳴かせる?

 「目覚まし時計」だったら、何か意味を持たせそうだ。

 「押し入れや収納のどこに何をしまったか」がネット化すると便利かもしれない。

 

 やはり私の場合、最も切望するのはコンポステレオのIoT化ですね。

 いわゆる「ストリーミング」に近いものを個人的に組みたい。持っているCD、約400枚を全て格納してくれる専用の物が欲しいのです。

 私は自分が聴きたいと思う曲はほぼ全て、CDで持っているのだ。


 なぜかわからないのだが、私は「iTunes」と相性が悪い。はっきり言って嫌いなのです。もうあるのかな、私の希望するモノは。

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